| 西暦年 |
年 号 |
記 事 |
備 考 |
| 1850ころ |
江戸時代末期 |
「蒸気機関車模型ナポレオン号」…フランスから長州藩に対して、蒸気機関車模型や鉄道技術が紹介された。 |
「ナポレオン号」の機関車模型は、わが国に4台現存しており、そのうちの1台が山口県立博物館に展示されている。
ttp://db.yamahaku.pref.yamaguchi.lg.jp/ script/detail.php?no=473
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| 1872 |
明治05年 |
国内に現存する最古の蒸気機関車が、1871年にイギリスの造船会社 VALCAN FOUNDRY CO.LTDで生産され、日本に輸入されて、この年に、新橋・横浜間で、開業運転した。 |
保存場所:鉄道博物館(さいたま市、JR東日本)。後の国鉄の分類では、「150形式蒸気機関車 車号150」と、表示されている。本機の銘盤には614とある。
この保存されているSLは、当時の機関車数台から各部品を集めて、復元したもの。 |
| 1880 |
明治13年 |
旧鉄道院の「弁慶号」などが、アメッリカ ピッツバーグの H.K.PORTER&CO.LTDで製造され輸入された。 |
「義経号」「静御前」など合計8台のSLが輸入されて、北海道開拓に使用された。「7100型式」と分類されている。この後、1881年に「1290型式(善光号)」が輸入されている。 |
| 1903 |
明治36年 |
国内に現存する最古の国産SLの、「230形式」が、大阪の民間会社で生産された。弁慶号よりも、4年、古い。
以下、「下工弁慶号」についてのみ、記述する。
以下の※印の事項は、(社)下松工業会ホームページからの引用である。
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交通科学博物館(大阪市内、JR西日本)に保存されている。汽車製造合資会社(大阪)製造。 「233形式 bP1」の銘盤がある。説明板には「現存する国産最古のSL」と明示されている。汽車製造合資会社は、明治29年 安治川で創業。本機は1967年(昭和42)、国鉄鷹取工場で動態復元されて今日に至る。(文責:栗田)
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| 1907 |
明治40年 |
「下工弁慶号」が大日本軌道(株)の発注によって、東京石川島造船所(現:IHI)で製造された。但し、海軍徳山煉炭製造所に何年に、どういう経緯で納入されたのかは、不明。 |
出典:「東京石川島造船所50年史」 この中の写真によって、同機と判断されるが、但し、この資料には、この時に製作された台数については、記述がなかった(この項、文責、栗田)。(注記)当時は「下工弁慶号」という呼称は、まだなかった。
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| 〜1934 |
〜昭和09年 |
※この年まで、徳山煉炭製造所(後の海軍燃料廠)の構内で、煉炭や石炭輸送に使用していた、とされている。 |
周南市立中央図書館で「徳山海軍燃料廠沿革史」を調べたが、本機についての記事は、発見できなかった。しかし、「児玉源太郎展」(周南市立美術博物館 2012年)において、大正時代初期に徳山・鳳鳴館が発行した「煉炭製造所の絵葉書」の中に本機が貨車8両を曳く姿が写っているのを偶然に発見したので、同館のご協力を得て当会のホームページに収載した。(文責・栗田) |
| 1934 |
昭和09年 |
※下松工業学校(当時、現在の下松工業高等学校)に払下げられて、原動機実習機材として使用されていた。(対価は、60円といわれている) |
※徳山から下松の平田川の河口までは、海上を艀(はしけ)を使って運搬した。河口からの陸上は丸太を並べ、その上に厚い足場板を置いて、学校まで移動したという(当時の生徒の後日談)。 |
| 1951 |
昭和26年 |
※実習に使われるうちに動かなくなり、また保管状態が悪かったので、風雨にさらされて、「スクラップ化」する危機に陥った。 |
※しかし、同校の卒業生から「保存して欲しい」という多くの要望があった為、学校の正門脇に保存展示されることになった。また、この頃から「下工弁慶号」という名前が付いたとされている。 |
| 1965〜 |
昭和40年〜 |
国鉄の電化進展によって、各地でSLが廃止された。 |
昭和48年には、山口線のSLも廃止された。 |
| 1979 |
昭和54年8月 |
鉄道ファンの熱意によって、国鉄が「C571」を修復して、新山口・津和野間に、「SLやまぐち号」として営業運転を復活して、現在に至っている。 |
C57型SLは、昭和12〜22年に201両が製造されたが、やまぐち号はその1号機である。動輪直径は、175cm。その優美な外観から、SLファンには「貴婦人」と呼ばれている。この記録のDVDが発売されている。(栗田) |
| 同年1月〜 |
下松工業高校の職員・生徒達により、弁慶号の全面修復作業(完全分解→整備→組立)が始まった。また、この時同時に「C621機の1/8.5モデル」を製作して、山口県立博物館に寄贈している。その時の状況は、8mmフィルムカメラで記録編集されている。 |
※この修理の記録ビデオが、平成14年にJR西日本・小郡機関区のSLフォーラムで、山口短期大学の利根川貞夫教授(元・下松工業高校教諭)によって上映されて、大きな反響を得た。
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| 1981 |
昭和56年10月 |
下工弁慶号の修復が完成して、下松工業高校の創立60周年記念式典で、公開運転された。 |
この記録フィルムは、その後、DVD化されている。(栗田) |
| 1987 |
昭和62年9月 |
(4/1 国鉄民営化実施)
※岡山県・下津井電鉄(株)に貸出されて、同社の構内で、解体・完全修復作業が開始された。 |
※9月着手、12月27日に完了して、始運転した。(この時に、サドルタンクが緑色に塗装されて、カウガードが取り付けられたと推定される。(文責・栗田)) |
| 1988 |
昭和63年3月 |
※下津井電鉄の「児島駅駅舎竣工記念式」で、公開披露された。 |
※当初は下津井駅〜児島駅を往復運転の予定だったが、この間は曲線が多くて運転が困難な為に、下津井駅構内でのイベント運転に変更された。 |
| 1991 |
平成03年4月 |
※下工弁慶号の所有権が、下松工業高校(山口県)から、「一般社団法人下松工業会」(同校の同窓会組織)に移管された。 |
※9月に下津井電鉄(株)から、下松工業高校に返還された。 |
| 平成03年10月 |
下松工業高校の創立70周年記念式典で、公開運転された。 |
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| 1992〜 |
平成04年12月〜 |
※協同組合柳井総合卸センター(柳井市)へ貸出された。 |
※1996年3月までの4年間。この期間内に、下記のような貸出しがあった。 |
| 1993 |
平成05年10月 |
※末武公民館祭へ貸出された。 |
※イベントは10月30日〜31日の2日間。 |
| 1994 |
平成06年4月 |
下松市制55周年記念式、および「切戸川桜々フェスタ '94」に貸出され公開運転した。 |
※55周年記念は4月1日〜4日、桜々フェスタは4月2日〜3日。当会のホームページに、この時の写真が収載されている。 |
| 1995 |
平成07年3月 |
中国電力(株)下松火力発電所の創業30周年記念イベントで、公開運転。 |
※3月31日〜4月6日の1週間。 |
| 同年12月 |
(一社)下松工業会が、下松市に寄贈する旨を申し出た。 |
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| 1996 |
平成08年10月 |
日立製作所笠戸事業所の創立75周年記念イベントに貸出。 |
※公開運転と試乗会が開かれた。当会のホームページに、この時の写真が収載されている。
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| 1997 |
平成09年11月 |
(一社)下松工業会が、下工弁慶号を下松市に寄贈した。市は文化財として管理する方針のもとに、下松市役所グリーンプラザで、「展示格納庫」落成式が行われた。 |
※当時、米泉湖で「湖畔1周運転」が計画されていたが、最終的には、経費等の問題で実現しなかった。以後、左記の格納庫で展示、「静態保存」されることになった。 |
| 2004 |
平成16年3月〜 |
三重県・桑名市の北勢線開通90周年記念事業に貸出された。 |
※平成19年7月までの3年間、修理費先方負担という条件であった。 |
| 2007 |
平成19年3月 |
北勢線開業90周年イベントで展示された。 |
マスコミに弁慶号を公開。読売新聞の第1面で報道され、TV愛知、中京TVで放映された。その後、「動態復元披露式」を迎える運びとなった。(資料:ASITAの会) |
| 平成19年7〜9月 |
「大鉄道博覧会」(江戸東京博物館)で展示された。 |
※7月10日〜9月9日、両国。弁慶号は全国の鉄道ファンの注目を集めた。 |
| 同年9月 |
下松市役所グリーンプラザの格納庫に返還された。 |
「下工弁慶号」100周年。 |
| 同年10月 |
下松ライオンズクラブ主催で、「おめでとう100歳!下工弁慶号お祝いの会」が開催された。 |
※市内の保育園や幼稚園児300人が「長寿」を祝った。地元TV・マスコミなどが報道した。 |
| 2010 |
平成22年1月 |
「走れ!!弁慶号PJ(プロジェクト)準備会議」が発足して、調査活動などを開始した。 |
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| 2011 |
平成23年4月 |
準備会議は「下松べんけい号を愛する会」と改称し、現在に至る。
なお、この会の内容は、http://benkeigo.orgを参照下さい。 |
(付記)この年表は、2012年6月現在までの入手資料による。 |